来島又兵衛
文化13年(1817)~元治元年(1864)
幕末の長州(萩)藩士。性格は豪放で槍、馬術に長じ武勇で知られる一方、用所役、所帯役、蔵元両人役などを歴任し、財務にも通じていた。
文久3年(1863)8月18日の政変で長州藩は京都を追放されため、元治元年(1861)7月藩主父子の雪冤運動の急先鋒として上京した。
しかしながら願いは容れられず、禁門の変が起こり、遊撃隊、力士隊を率いて勇戦したが、薩摩軍の弾丸を受けて戦死した。年49。
来島又兵衛肖像(山口県立山口博物館蔵)
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